ウィーンで2度目の新年を迎え、クリスチャンの持つ“希望”について想う。

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。気付けば新年が明けてから結構な日数が経っていました。

なんだかS N Sを含めたインターネット上に言葉を綴るということに気が向かなかったと共に、ただえさえ年末年始休みというのが無くずっとリモートで仕事をしていたので、淡々とした生活の中、家の中で夫と飼い猫と素朴に迎えたニューイヤーでした。

1年前2019-2020の年末年始はまだコロナの存在を知らず、ウィーンの市庁舎前で人の渦に呑まれながらカウントダウンをし、近くにあったカフェバーでモンブランとグリューワイン(甘っ)を嗜んで、それまでの切り詰めた生活を思いながら笑、今年こそはとあらゆる計画を立てていました。

しかしそのような中、コロナが蔓延して世界中が変わり、個人的にも予期していなかった大きな生活の変化があり、ほぼ全てのスケジュールが計画外の2020年となり、

信仰を持つ者としては、究極の希望とはこの世でのあれこれではなく、天にあるということ。それを色濃く感じさせられる一年でした。

2021年となった今もそれは変わらず。勿論この世に生がある間にも楽しみはあるし、これからの計画や目標だってある。年末は久しぶりに昔の舞台のチームや専門学校時代の同級生の皆とZOOMで話して笑って元気をもらって、会える日が待ち遠しい。早くまだ足を運んだ事の無い国や場所の美しい景色を観に足を運びたいし。

でも、この世に生きるとはそもそも常々ハッピーで居られるということではない。正直に言えば早く楽になりたいと思ってしまう時というのは多々ある。この先も何が起きてくるかだってわからない。

それでいて{生を与えられている間は自分に与えられた資質や環境を活かしながら全うしなくては。}と思うのは、私の場合は信仰故だ。私はいつも祈りの中でマインドセットをしています。

生かされている者として、幅広い意味で謙遜でありたい。今年特に握って居たいのはそのことかな。

「すべての人は草、 その栄光は、すべて野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、 草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」- イザヤ書40章6節〜8節

兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、 尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」- ローマ人への手紙 12章10節

時が良くても悪くても、変わらない強固な岩の土台を足元に据えて。

皆様の心に平安がありますように! 


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